ymtetcのブログ

偶数日に『宇宙戦艦ヤマト』を考えるブログです。

コミカライズ版『ヤマト2199』に見る古代進の想い

こんにちは。ymtetcです。

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今回は前回の記事を踏まえて、エンケラドゥス回をめぐる本編『2199』とコミカライズ版『2199』の違いを見てゆきます。

最初に、本編とコミカライズ版の大きな違いを提示しておきます。以下の三点です。

  1. 本編で印象的であった「古代と島の対立」がコミカライズには存在しない。
  2. コミカライズでは、古代が《ゆきかぜ》の記録音声に触れ、そこで兄の最期を知る。
  3. コミカライズには、「地球をゆきかぜのようにしたくはないな」の後に、「古代 メ2号作戦を立案せよ ヤマトは冥王星に向かう」との沖田のセリフが追加されている。

これらの違いをどう見るべきでしょうか。

古代進の兄への想い

コミカライズ版は、古代進と守の関わりを(本編よりも)深く描いていました。コミカライズはこんなセリフから、物語が始まります。

「ねぇ 兄ちゃん あの中のどこに お父さんとお母さんの星があるの?」

幼い頃の進が、守に言った言葉だそうです。

コミカライズはこのセリフ一つで、進と守の関係性をぐっと深く描くことに成功していました。両親を失った進にとって、守は残された数少ない心身の支え。そして守は、弟の途方もない問いを胸に刻んでいる。この二人が歩んできた人生を窺わせるセリフと言えるでしょう。

それだけに、ゆきかぜの未帰還を知った進が虚空に発する、

「兄ちゃん」

の一言が重く響きます(コミカライズでは「兄さん」と「兄ちゃん」との呼称が併用されています。第二巻で兄への呼び方が切り替わる場面を追いかけると、なかなか泣けますよ)。

古代進と沖田の対立①

地球への帰還後、本編と同様に南部の口から「メ号作戦=陽動作戦」との情報を仕入れた進は、沖田の元へ抗議に向かいました。

ただし、ここでコミカライズは本編と決定的に分岐します。

「自分は…… 納得できませんっ」

守の未帰還を謝罪した沖田に対し、進は「納得できない」と応じたのです。

古代進と沖田の対立②

もう一つ、進が本編と決定的に異なる振舞いをしたシーンがあります。

ヤマト発進直前、進が艦長室を訪れて、戦術長拝命の真意を確かめたシーンです。

本編と同様に、戦術長は本来守の役目だったことを明かす沖田。これに、進が食って掛かります。

「では何故 あんな無謀な陽動作戦を実行したのですか⁉」

「兄達をみすみす死なせるような」

「司令部やあなたが自分たちに死ねと言っていると」

「皆 思ったに違いないはず」

進の言葉はさらに続きます。

「兄の遺志は自分が受け継ぎます」「でも それだけではなく あなたという人を 見るために乗艦させていただきます」

沖田十三」という人を見るために乗艦する。進は本人に向かってこう宣言したのです。

この他にも、コミカライズには、進が平田(メ号作戦で《きりしま》に乗艦)に《ゆきかぜ》の最期を訪ねるシーンがありました。進の兄への思いは、本編『2199』よりも強く描かれていたと言えるでしょう。

エンケラドゥス、そして冥王星

進の兄への想いは十分に描けた。そんな認識が、コミカライズから「古代と島の対立」を無くさせているのかもしれません(あるいは「心優しい」古代進が、「救難信号を放っておいて先へ進もう」とは言うまいと考えたのかも)。古代進冥王星に対する想いは、兄への想いを描くことを通じて、暗黙の前提として機能しているとも言えますね。

そして、ここまで入念に描かれてきた古代進の兄への想いは、エンケラドゥスで一つの終着点に達します。

・《ゆきかぜ》の最期

進は《ゆきかぜ》の音声記録を通じて、兄の最期を知ることになりました。重要なのは、古代進がここで沖田の言葉をも知った、ということでしょう。すなわち、沖田が守を引き留めようとしていたことを、進はここで知ったのです。

「あなたという人を見る」。

進は、それができたのではないでしょうか。

・沖田の想い

進はヤマトへの帰艦後、沖田に報告をします。沖田は応じます。

「地球を『ゆきかぜ』のようにしたくはないな」

そして先述したように、コミカライズはここで終わりではありません。

「古代 メ2号作戦を立案せよ ヤマトは冥王星に向かう」

こうしてヤマトは、《ゆきかぜ》を背に、冥王星へと針路をとります。今なお地球に遊星爆弾を降らせ続けるガミラスの基地を叩くために、沖田十三古代進、二人の想いを乗せて

コミカライズで追加された沖田の一言は、エンケラドゥスに眠る《ゆきかぜ》を前にして沖田と進が同じ(静かで、熱い)想いを共有した、そのことを示しているのではないでしょうか。

○「使命感の共有」

古代進の兄への想いを丁寧に拾い上げつつ、その想いを(怒りとして)一身に浴びてきた沖田が、これに「メ2号作戦を立案せよ」と応じる。

コミカライズ『ヤマト2199』の序盤は、こういった構造を取っていたと言えます。

これによってコミカライズは、冥王星へと向かうヤマトの「使命感」を、キャラクターの想いに焦点を当てることで、読者に共有することができました(メ2号作戦の戦略上の「使命感」は次巻にて読者に共有されます)。

「使命感の共有」こそが『2199』の課題であったとするならば*1、コミカライズはPS版『宇宙戦艦ヤマト』と『宇宙戦艦ヤマト2199』に次ぐ「第3のリメイク」として、その立場的な優位性を存分に活かしたと言えるのではないでしょうか。