こんにちは。ymtetcです。
今日は「宇宙戦艦ヤマトNEXT スターブレイザーズΛ 第18話」について書いていきます。
〇第18話「木星撤退」ストーリー
レインの戦死、ユウの離脱によって二人のトップネスを失ったナーフディスは、木星撤退とマーク8の投入を決めます。冒頭は、今後の厳しい戦いを予感させる場面から始まります。レインをヴィマーナに残して、ナーフディスは木星とレインに別れを告げます。そんな中、カルロスは14年前の記憶をよみがえらせます。
<14年前、メキシコ東部>
マヤ・ヤマトは、カルロスに半ば騙されて、元恋人であるセス・カーディナスのところに連れてこられていました。セスは病気療養中です。
その日、空を流星群が覆っていました。マヤは、かつて恐竜を滅ぼした隕石――破壊の神――に想いを馳せます。「破壊の神がいたからこそ私たち人類が生まれた」。
翌朝、マヤはセスに連れ出され、別荘の地下へと向かいます。そこでマヤは、セスから驚くべき話を告げられます。かつて恐竜を滅ぼしたのは隕石ではなく、時空結晶体だったのだ、と。セスはさらに、時空結晶体にまつわる仮説を披露します。時空結晶体は時間に対しても自己を繰り返し結晶を刻々と変化させる。マイクロユニバースなのではないか……。
その話を聞き、マヤが時空結晶体に触れると、とたん、彼女は不思議な光景を目撃します。時空結晶体を囲む謎の生命体(セイレーネス)。行われる何らかの儀式*1。出現する謎の少女(リンネ)。「再びこの知性の繭を離れ、我々の宇宙に再び秩序を」。少女は拒絶する……。
マヤは、セスから時空結晶体の研究を引き継いで欲しいと告げられます。セスは治ることのない、難病を患っていました。マヤは時空結晶体の研究を引き継ぐことに決めます*2。
マヤが去った後、カルロスが地下のセスを訪ねます。うまくいったのか、と。セスは「これが最後の”生まれ”であり もはや生まれ変わることはない」と言います*3。カルロスはそれに対し、ただ「この宇宙の全ての魂に救済を」と返答します。
<数年後>
地球に帰ってきたマヤ。既にセスは亡くなっています。そして彼女のベビーカーには、すやすやと眠る息子・ユウの姿も……。
〇ひとこと感想
木星撤退の悲しさと寂しさ、そして来たるべき今後の戦いへの決意などを点描していく第18話の冒頭は、なかなか胸に迫るものがありました。いわゆる「悲壮感」的シーンであり、メロディアスな音楽を補いたくなりますね。
一方、今回のメインはカルロスによる回想シーンだったと思います。ただ、この回想シーンにはいまいち私も乗り切れなかった部分がありますので、今日はそのあたりについて、特に考えていきたいと思います。
〇サスペンスパートの課題
『Λ』は基本的に、若きトップネスたちの友情パート、大人たちのサスペンスパート、それらを繋ぐ戦闘パートの三つからなります。特に本作の強みとして多くの人が認めているであろう点は、友情パートなのではないでしょうか。一方、サスペンスパート、戦闘パートに関しては、少しずつ賛否が分かれ始めるといった印象です。
『Λ』におけるサスペンスパートの特徴として、登場人物たちが読者から(心理的に)離れたところで話している状況が少なくない点が挙げられます。すなわち、そのセリフを発する人物は分かっているっぽいが読者は分かっていない状況が発生しがち、それが『Λ』の一つの特徴なのではないでしょうか。今回であれば、セイレーネスがインド哲学を語る場面や、カルロスが例によって「この宇宙の全ての魂に――」のフレーズを発する場面などが、これにあたります。
それは「これからどうなるのだろう?」との魅力と表裏一体でもあります。ただ留意しておきたいのは、その疑問が読者にとって切実なものであるかどうか、でしょう。
例えば、時空結晶体の謎やカルロス、セスの正体、インド哲学は読者にとってあまり切実な疑問とはならないかもしれません。なぜなら、用語的に、ややピンと来ない言葉が多く、身近に感じることが難しいからです。
ですが、ここにユウが絡んでくると話は別です。ユウは、不当に名誉を棄損されている(とユウは思っている)母親の死の真実について知りたがっています。このユウの目的は多くの人にもピンとくるものですよね。ですから本作は、主人公・ユウには比較的感情移入しやすい設計になっているのではないかと私は思います。
しかしながら、ここまでユウの行動する友情パート、戦闘パートとサスペンスパートは切り離されている局面が多かったと思います。それはこれから、ということかもしれませんが、『Λ』の謎解きに私がいまいち乗り切れなかったのは、そこに原因があるかもしれません。
〇試される局面
全体を通して、『Λ』は登場人物が知っていることと、読者が知っていることをコントロールしようとしているように見えます。今回、私たちはカルロス、セス、マヤの過去を知ったわけですが、それをユウは知りません。あるいは第17話で、ユウはマヤとリンネが一緒にいることに驚いていましたが、二人が一緒にいる光景を、読者は随分と前に目撃しています。
さらに、登場人物の間でもズレを作っています。セイレーネスの正体をアレクセイが解き明かそうとしていますが、それをユウは知りません。ニルヴァーナの正体を当然カルロスやセスは知っていますが、アレクセイは知りません。
こうして、読者と登場人物で共有されている情報に強弱をつけているところが、『Λ』サスペンスパートのもう一つの特徴ではないかと思います。
ここ数回は物語の謎に関するテーマが多く、序盤のようにシンプルなドラマにはなっていない点が、物語を楽しむ上での難易度をあげているように思います。ただ、こうして情報をコントロールしているところをみると、おそらく最終的に全て回収する算段はあらかじめ、ある程度立てられているのではないでしょうか。
いわゆる「ミッドポイント」的な局面を過ぎて、作品も読者も、クライマックスへ向けて試される局面にあるな……と、私としては思っているところです。