こんにちは。ymtetcです。
『2202』が公開された当初、「真田が古代の(テレザート行き)発案に賛同するのは違和感がある」との批判がありました。
今改めて『2202』を観直してみると、「真田は波動砲反対派である」との前提に立てば、あまり違和感のない展開がとられていたと思います。
沖田艦長がいなくなったことで、旧ヤマトクルーのトップは真田になりました。古代が「艦長代理を務めてほしい」と言われて驚いているあたり、この3年間、ヤマトクルーのリーダーはどちらかといえば真田だったのでしょう。
その上で、真田は3年間、ヤマトクルーのリーダーとして、波動砲艦隊計画のそばで生きてきました。時間断層の存在も早くから知っていました。だから、真っ先に古代の手を取り「今の地球にヤマトの居場所はない」と言い切ったのです。
意外と、そこに違和感はありませんよね。
ただ、あえて補完するとすれば、ヤマトクルーや土方がこの3年間どんな扱いを受けてきたのか? が匂わされるとよかったかもしれません。
例えば、戦死した者たちが英雄として神格化されたり、それこそマスコミに追い回されたり。そこから波動砲封印と波動砲艦隊構想で意見が分かれて、ヤマトクルーが追い詰められたり。このあたりの補完が少しでもあれば、真田の思いにも、より共感できたかもしれませんね。
この点について、『2205』ではまた一つ、進歩している様子が見られます。3年間、古代たちに反対してきた人々の代表として、土門を出したからです。
と、ここまで書いたところで、『2202』ではそれがキーマンだった、と思い至りました。主人公たちに疑問や異論をもつ"異物"。福井さんの手癖かなぁと思いました。