ymtetcのブログ

偶数日に『宇宙戦艦ヤマト』を考えるブログです。

『ヤマト2202』に足りなかったもの

こんにちは。ymtetcです。

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』に足りなかったもの。これは色々ありますが、一つに「『宇宙戦艦ヤマト2199』へのリスペクト」が挙げられます*1

今日はこれを軸に、一歩進んで考えてみましょう。

  • 「リスペクト」≒「成功」に着目する
  • 『ヤマト2202』企画書を読む
  • 『2199』はなぜ「失敗」したのか、という問い
  • 前作の「成功」と「失敗」を見つめて
  • 福井晴敏が前提にしていたもの
  • 『2199』の再検討を求めたい
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『リメイク・ヤマト』は「ヤマトファン」を増やすのか?

こんにちは。ymtetcです。

リメイク版の『宇宙戦艦ヤマト』シリーズ(特に『2199』)は、「新規層を獲得する」という大目標を背負っていたと言ってもいいと思います。それ故に、ファンの間でも「いかにして新規層を獲得するか」との議論が繰り返されてきました。

しかしながら、その「新規層」をいかなる存在として獲得するか”については、必ずしも議論の中心にはなっていませんでした。今日は『ガンダム』シリーズと2016年の映画たちを踏まえつつ、これについて考えてみます。

  • 「ヤマトファンを増やす」のか、そうでないか
  • ガンダム』シリーズは「ガンダムファン」を増やしている?
  • 「一般受け」した2016年のヒット映画たち
    • 当然、ゼロではないけれど……
  • 「いかなる存在として」……このプランによって作品は変わるはず
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なぜ『2202』を「『2199』の続編」と考えているのか

こんにちは。ymtetcです。

前回の記事で、私はこう書きました。

『2202』は「『2199』の続編」だが、「『2199』の2期」ではない*1

これはあくまで私の個人的な認識ですので、異論はあろうかと思います。『2199』ファンの一部では、”『2202』は『2199』の続編ではない”との声も根強いものがあります。

何しろ、事実として『2202』は、スタッフ・作風・メカニックデザイン、そして科学設定などの世界観も、『2199』を引き継いではいないのです。これでは、感覚的なものとして「続編とは認めない」と考える人が出るもの当然でしょう。

ですが、この事実を踏まえても、私は「続編である」と考えています。

  • キャラクターの連続性
  • 世界観・デザインよりもキャラクター
  • 迷い
  • 余談

*1:前回の記事で私は「2期」を「スタッフを『1期』から引き継いでいる続編」と定義したので、このような表現となっています。

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『2202』は「『2199』の2期」ではなかった問題

こんにちは。ymtetcです。

ブログを休止していた昨年、色々なアニメを観るようになりました*1。それまでは、福井さんの言う「普段はアニメを観ないけれど『ヤマト』なら観る」層だった私にとっては、一つの大きな転換点でした。

それから1年が経ち、様々な引き出しが増えてきた中で、私が一つ感じていることがあります。それは、「私は基本的に、2期の方が好き」ということです。

「普段アニメを観る人たち」の間で有名な作品というといくつかあります。大抵の場合、こういった作品には「2期」と呼ばれる続編、もしくは派生作品があります。

実際のところ、世間的には「1期」と呼ばれる方が評価は高いことの方が多いです。ちょうど、『宇宙戦艦ヤマト』(1974)と『さらば宇宙戦艦ヤマト』の関係を思い出していただければいいかもしれません。やはり、新しい世界を切り開いた「初代」が最も高く評価されるのですね。

ところが私自身のフィーリングはどうか。私はどうしても「2期」の方がお気に入り、むしろ「1期」の最初の頃はモヤモヤしながら観ていた記憶の方が強いのです。

初めは、「2期の方が自分の中で、キャラクターや世界観への愛着が深まっているから気に入るのかな」と考えていました。ですが仮にそうであれば、再度「1期」を観返した際は、「2期」と同じように「1期」を気に入るはずです。

私はそうではなかった。これについて考えていくと、『2202』は、世間的にはともかく私の中では、非常にもったいないことをした作品のようにも思えてきたのです。

  • 作り手自身の迷い
  • 具体的な事例:『響け! ユーフォニアム』『てーきゅう
  • 『2199』の2期が観たかった
  • 『2202』が嫌いなのではない

*1:もちろんアニメ以外の娯楽作品もよく観るようになりましたが、このブログと関連する部分で言うと、やはりアニメです。

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『宇宙戦艦ヤマト』のサービスシーンと『2199』『2202』

こんにちは。ymtetcです。

先日、『2199』の「サービスシーン」が再び論争になっていたようです。

『2199』の「サービスシーン」は、森雪で言えば第12話や第14話の「尻」、あるいは第24話の海水浴がよく槍玉に上がります。他に百合亜などを含めると、もっと増えてきますね。また、特に理由なく「テカテカ」加工が施された『2202』の女性用艦内服も、時々批判の対象となることがあります。

この論争が興味深いのは、構図がどこか「悲壮感」論争に似ているところです。

「『2199』のサービスシーンはけしからん!」←「旧作だってスカートめくりやネグリジェや『2』のサルガッソーがあったでしょ」。

「悲壮感」論争と同じ、「旧作だってそうだもん」の構図ですね*1

確かに、旧作にも「サービスシーン」と呼ぶべきシーンはありました。それは事実だと思います。では、なぜ『2199』の「サービスシーン」は批判の対象となりやすいのか。どこかに、何か旧作との違いがあるのかもしれません。今日はそれを考えてみます。

  •  「サービスシーン」の再現性
  • スカートめくりをどう見るか
  • 水着回をどう見るか
  • 再現性が『2199』の特徴
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ブログ執筆のすゝめ(2020年夏版)

こんにちは、ymtetcです。

ymtetc.hatenablog.com

前回の記事では、「考える」こととヤマトファンの集合知の必要性を書きました。

今回の記事では、「考える」そして「考え」たことを積み上げるツールとして、ブログをおすすめしたいと思います。

ブログは古のインターネットより存在するツールで、近年ではSNSに押され気味。ですが、ブログにはブログの良い点があります。例えば、前回の記事は2783文字。これと全く同じ文章をTwitterに投稿するためには20個のツイートが必要です。スレッド形式にまとめるにしても、20個も連なったツイートを全部読んでくれる人はそうそういませんよね。掲示板も同様ですが、SNSでは長文が疎まれる傾向にあるのです。ところが、ブログはどうでしょう。「2783文字? そんなもんじゃない?」で済みます(笑)。

加えて、ブログは過去記事へのアクセスが容易なのも利点です。例えば、前回は「ヤマトらしさ」をテーマに記事を書いたので、思い切って「ヤマトらしさ」のカテゴリを設置しました。

「ヤマトらしさ」 カテゴリーの記事一覧 - ymtetcのブログ

こちらをクリック/タップしていただければ、私がこれまで書いてきた「ヤマトらしさ」関連記事を読むことができます。このように、ちゃんと整理をすれば(私はあまり整理が得意ではありませんが)テーマごとに記事を一覧できるのも、ブログの利点です。あるいは月別アーカイブを見ると、初期から現在までに至る、私の変わりようを確認することもできますね(笑)。もちろんSNSにも検索機能がありますが、その一覧性の高さと容易さは、ブログ特有の魅力だと言えます。

議論を蓄積する上では、その過程が残り続けることが大切です。その点において、『宇宙戦艦ヤマト』をテーマとしたブログがより活発になれば、また新しい議論のステージも見えてくるのではないでしょうか。

実は最近、ブログの書き方を変えました。より継続しやすいやり方で、より簡単に、を目指して考えた書き方です。そこで今日はおすすめの書き方としてこれを紹介し、少しでもブログ執筆に興味を持っていただけたらと思います。

  • 2日かけて、一本の記事を書く
  • 日頃から:「結論」のメモ
  • 1日目:内容を下書きする
  • 2日目:下書きをひたすら文章化
  • ステップアップ!:下書きにおける節分け
  • 毎日投稿の進め方
  • ブログのすゝめ
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より普遍的な「ヤマトらしさ」を目指して

こんにちは。ymtetcです。

宇宙戦艦ヤマト 復活篇』が登場した2009年以降、「ヤマトらしさ」が問われる時代になったと考えています。もちろんそれ以前から「ヤマトらしさ」は問われ続け、それは例えば「『2520』はヤマトではない」などといった形で表現されてきました。そして、この潮流がネット時代(『2199』後半以降はSNS時代)になり、一人一人が多様な「ヤマトらしさ」に触れる機会が増えたことで、現在はいっそう各々の考える「ヤマトらしさ」が問われる時代になった、と考えます。

『2202』『2205』で脚本を務める岡秀樹さんは、これを「誰が決めたわけでもない」「無言のルール」と表現し、「ヤマトの発展と広がりを遠ざけている」と指摘します。そして、この「厳然としたルール」を「飛び越え」る作品として、『スターブレイザーズΛ』に期待のコメントを寄せています。これには私も同意します。

ですが同時に、こうも思います。「結局、『ヤマトらしさ』って何なんだ?」と。

保守的な私は、「ヤマトらしさ」を壊す必要は感じていません。壊すのではなくより普遍的なものに昇華し、その表象を時代に合わせて作り変えていくことが大切だと考えています。ですが現状、その前提となるはずの「ヤマトらしさ」そのものが満足に言語化されているとは思えません。そこで今回は、この「『ヤマトらしさ』が問われる時代」に我々がどう向き合っていくべきか、考えてみたいと思います。

  • 正解のない問い
  • 「人類最後の希望」論、ymtetcなりの「ヤマトらしさ」
  • 「ヤマトらしさ」の再現性
  • 『スターブレイザーズΛ』の役割
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