ymtetcのブログ

偶数日に『宇宙戦艦ヤマト』を考えるブログです。

「宇宙戦艦ヤマト」リメイク、2199では不十分なのか!

こんばんは。ymtetcです。

けっこう衝撃でした。

「リメイクしてほしい昭和アニメは?」ランキングー!が全国1万3000人に調査【ロボット・メカ編】 | アニメ!アニメ!

ランキングサイト「ランキングー!」が、10~60代の男女1万3237名に聞いた「リメイクしてほしい昭和アニメランキング(ロボット・メカ編)」の調査結果を発表。
1位には『宇宙戦艦ヤマト』、2位に『機動戦士ガンダム』、そして3位に『マジンガーZ』が続き、近年リメイクされた作品でも更なる展開を望む声が浮き彫りになった。

(調査方法:10~60代の男女を対象に、株式会社CMサイトが行ったインターネットリサーチ結果を集計(複数回答)
有効回答者数:13,237名
調査日:2018年10月4日)

知らぬ間にこんなアンケートが行われていたようなのですが、そこで『宇宙戦艦ヤマト』が1位を取ってしまったのです。

これは驚きでした。しかも、2位の『ガンダム』、3位の『マジンガーZ』は近年リメイク作品を出していない(オリジンはリメイクではない)。近年リメイク作品を出しているはずの『宇宙戦艦ヤマト』が、1位を取るというのは変な話ですよね。

「今の時代に合わせて再現して欲しい」「古いイメージしかないので、新しいヤマトが見てみたい」「あの時代に未来を予測した素晴らしい発想力に感動しました!」などの意見だけでなく、「人気のある作品なので、何度かリメイクされていますが、それでも!」といった声も多く寄せられた。

正直言って、記事に記載されているこれらの「声」の真偽は微妙ですが(こんなお手本通りな意見出てくる?未来予測してなくない?みたいな疑いの目)、公正なアンケートが行われていたとの前提のもとでいえば、少なくとも「ヤマトは知っているが2199は知らない」「2199は知っているが満足していない」「2199には満足しているがまだやれる」と考えている層が一定数いることは確かです。2202との関連でもいくつか票を集めているかもしれませんが。

 

ここで考えてみたいのは、2199や2202はかつてのヤマトが持っていた普遍性を発揮できていないのかもしれない、ということです。かつてヤマトがブームになった理由は簡単に言えば普遍性を持っていたからです。

ただし、かつてのヤマトをそのまま再現しても、数十年たっているのですから同じ普遍性は発揮できない。そこで、近年の実写版、2199、2202というリメイク作品は、各々の解釈でヤマトの普遍性を発揮しようと試みました。

実写版は、ヤマトの普遍性を沖田と古代の疑似親子ドラマに見出しました。そして残りはいくらでも改変した。実写版スタッフの判断としては、疑似親子ドラマで普遍性は発揮できるから、森雪のキャラを改変しようが、途中から『さらば』に繋げようが大丈夫だろう、だったのでしょう。

2199は、ヤマトの普遍性をそのロードムービー性に求めました。そして普遍性を下支えできるように、科学・ミリタリー考証をリアルに寄せた。

2202は、ヤマトの普遍性を『さらば』で語った「愛」に見出しました。そして2以降「愛」が陳腐化していったことを踏まえ、反省のもとドラマを作り変えた。

このような三つのアプローチからリメイクしても「古いイメージしかないので、新しいヤマトが見てみたい」などという訳の分からない「声」を浴びせられるのは何故なのでしょうか。ヤマトの普遍性って、一体どこにあったのでしょうか。

今日考えてみたいのは、「古いイメージ」という点です。

今後数年の内にヤマトを再リメイクできるのは庵野秀明しかいない、という話は何度かやりましたが、彼のリメイク論は一言で言うならば「そのままリメイク」です。

岡田斗司夫さんは「庵野はそう言いつつ、実際リメイクしたら色々変えてくると思う」みたいなことを言っていましたが、確かに庵野さんがリメイクしたら2199のように細部は結構煮詰めてくるような気もします。

とはいえ、庵野さんのリメイク論を勝手に想像すれば、恐らく庵野さんは『宇宙戦艦ヤマト』そのものに普遍性を見出しているのではないでしょうか。つまり、「古いイメージ」の残るあのヤマトこそ、実は普遍的なのだという。

私としては、これ結構アリだと思うんですよね。作画、設定を新しくしつつも、キャラデザもストーリーもほとんどは旧作のそのまま。

それどこのPSヤマト?って感じもしますが、実は『ヤマト』のリメイクって、正直に作り直すのが一番普遍性を発揮できると思うのです。

「今の時代に合わせて再現して欲しい」。これですよ。

恐らく我々ヤマトファンは、昔の再現よりも2199、2202の方が遥かに面白く感じるはずです。ですが、ヤマトファンじゃない人々にとってはどうか。かつてテレビの前でヤマトを楽しみ、映画館で泣き、ブームが終わるとすぐに「卒業」していった人はどうか。

彼らが無意識的に『宇宙戦艦ヤマト』に求めているのは、ヤマトの擬似親子ドラマでも、ロードムービーでも「愛」でもなく、あの頃観た『宇宙戦艦ヤマト』そのもの──そのものだけど新しくなった『宇宙戦艦ヤマト』、すなわち「再現」──のような気がしてならないのです。