ymtetcのブログ

偶数日に『宇宙戦艦ヤマト』を考えるブログです。

【ヤマト2202】「世界が、変わる」とはなんだったのか

こんにちは。ymtetcです。

先日サブスクで『マクロスΔ』を観ていたら、関連作品に『2199』が表示されました。これこそ、私の想定していたサブスクのメリットです。SF・宇宙もののアニメファンに『2199』『2202』が届くといいですね。

さて今日は、リアルタイムの頃から少し謎だった、『2202』第六章のキャッチコピーについて考えてみたいと思います。

『2202』のキャッチコピーは時々謎が多く、特に第五章と第六章は、いったいどこまで作品の内容とキャッチコピーがリンクしているのか不思議なところも少なくありませんでした。

例えば第五章では、

  • 「ラスト五分──涙とともに、あなたは衝撃の結末を目撃する。」(公式キャッチコピー)

    「ラスト、未体験の衝撃があなたを待つ──。」(アマゾンキャッチコピー)

  • 「運命の時が訪れる。ささやかな希望も、育まれた絆も、すべて押し流して──」

この三つのキャッチコピーがあり、前者二つは「まぁ衝撃は衝撃だけど……」というもの、最後の一つは本編を観てもあまりピンと来ないものでした。

それ以上に謎だったのが、第六章の「世界が、変わる」です。

最初は、ヤマトから銀河への疑似的な主人公交代劇が起こることを指して「世界が、変わる」と表現しているのかと思っていましたが、実際に本編を観るとそうでもありません。驚くほどに、実際の『2202』第六章には「世界が、変わる」に対応すると思われる要素が見当たらないのです。

そこで今回は、作品の外からヒントを持ってきてみました。

animeanime.jp

このブログで何度も引用しているこちらの記事のなかに、以下のような言葉があるのです。

ただ、間違いなく意識していきたいのは、どんな形であれ今を生きている人たちが観たり聞いたりするものですから、観る前と観終わった後では、世の中が少し違って見えるような、現実に応用可能なものを今後も提供していきたいなと思います。

福井晴敏が語る“ヤマト・ガンダム論” SFアニメとしての違いは?「NT」「2202」を終え次は?【インタビュー】 4ページ目 | アニメ!アニメ!

「観る前と観終わった後では、世の中が少し違って見えるような」作品。これは決して福井さんの専売特許ではありませんが、福井さんが作品を構成する上で大切にしているある種の信念であることが分かります。

これを踏まえて、簡単に『2202』の物語を振り返ってみると、

  • 第一章:古代進は自らの理想を現実に否定される
  • 第二章:同上
  • 第三章:古代進は自らの愛に苦しむ
  • 第四章:ズォーダーもまた自らの愛に苦しむ
  • 第五章:加藤が自らの愛に苦しむ
  • 第六章:愛を持つ人間にしかできないことがある
  • 第七章:同上

こんな風にまとめることができます。伝わるでしょうか。『2202』は、第五章まではひたすら登場人物たちが「愛」に苦しむストーリー。それが第六章以降、『2202』は一気に「愛」を肯定する話へと展開していきます。

もちろん、『2202』が描きたかったのは「愛」の肯定です。第五章までの苦しみは、そのための前振り。『2202』が作品のテーマを全面的に打ち出していくのは、第六章以降なのです。

つまり、『2202』第六章のキャッチコピー「世界が、変わる」とは、”観終わった後、世界の見え方が変わる”をコンセプトにする『2202』がここから本領を発揮する、とのメッセージだったのではないでしょうか。

少々こじつけな感じもしますが、『2202』公式は時々、福井さんの言葉をそのままプロモーションに使ってくることがあります。例えば前述の「運命の時が訪れる。ささやかな希望も、育まれた絆も、すべて押し流して──」も、

youtu.be

福井さんが台本を書いた「第五章までのダイジェスト」に似たフレーズが出てくることを考えると、元々は福井さんの考えた言葉だった可能性が高いでしょう。これとはズレますが、『2202』公式HPで最初に公開された福井さんのコメントは企画書からのコピペ。

『2202』公式は、福井さんの言葉を引用することに躊躇しない傾向にあるので、この「世界が、変わる」も、もしかしたら……。今日はそんなお話でした。