ymtetcのブログ

偶数日に『宇宙戦艦ヤマト』を考えるブログです。

『ヤマトという時代』を「考える」準備

こんにちは。ymtetcです。

〇はじめに

今日は映画『ヤマトという時代』の狙いと、それに対する論点を整理していきます。映画『ヤマトという時代』に対しては、初期には大きな期待をかけていましたが、最近ではその期待を意図的に抑えようとしています。『2202』土星沖海戦の反省を活かしたものです。

そこで、今回は改めて映画『ヤマトという時代』の論点を整理することで、本作を「考える」一つの準備を行っていきます。これまでブログで公開してこなかった情報も含まれているので、予めご了承ください。

〇映画の狙い

前回の記事「『ヤマトという時代』への向き合いかた - ymtetcのブログ」で書いたように、総集編映画というのは複合的なものであると考えます。すなわち、根本的にはテレビシリーズを観たことのない人に向けて作るものですが、それだけではなく、テレビシリーズを観た人も楽しめるように工夫を加えていくのが定石なのです。

本作『ヤマトという時代』にも、新規層向け要素と、既存ファン向けの要素の両面があります。

まず新規層向け要素としては、『2199』と『2202』の世界観を2時間で理解できる映画を目指す、という点が挙げられます。福井さんは、「これまでリメイクシリーズに触れる機会がなかった、かつてのヤマトファン」と「『2205』を結ぶコンテンツ」として、「2時間程度でリメイクの世界観が理解できる」本作を企画しています*1。これは既存ファンに向けては「おさらい」であり*2、その意味においては両面的な狙いであると言えます。

次に、既存ファン向け要素としては、既存の『2199』『2202』に新たな価値を付加した映画を目指す、という点が挙げられます。この付加価値は、例えば『追憶の航海』では、七色星団戦の新規カットや5.1サラウンド化にあたります。『ヤマトという時代』で言えば、これは新作シーン(『2199』前史)であり、ドキュメンタリータッチであり、真田への着目であり*3、皆川さん・玉盛さんによる考証にあたります*4

さらに、新規層と既存ファンの双方に向けた要素としては、映画のテーマそのものが挙げられます。『ヤマトという時代』は、『2199』とも『2202』ともやや違う、(ただし全くかけ離れているわけではない)テーマを採用しています。それが、「コミュニケーション」です*5。福井さんは「知的生命体と次々に遭遇し、戸惑いながらも彼らとの関係を通じて変化」する人類を描くと語り*6、皆川さんも*7、玉盛さんも同様のキーワードを述べています*8。これは『2199』とも『2202』とも違う、しかし無関係ではない(「相互理解」や「人間性」とはどこかで結びつきそうな)テーマです。逆に言えば、『2199』と『2202』本編にどっぷりと依存したテーマではないとも言えます。であれば、新規層も既存ファンも、映画のテーマに対しては、比較的フラットな形で向き合えるものと思います。

〇評価ポイント

以上の三点を『ヤマトという時代』の狙うものと考え、ここからは、それに対する論点を整理していきます。

・『2199』『2202』の世界観・メッセージを映画の中で提示できているか?

まず第一点はこれです。言い換えるなら、『2205』を楽しむために必要な前提知識は網羅されているか? です。これは映画の存在意義にも関わる評価ポイントです。

例えば、『2202』ラスト時点における主要キャラクター・ガミラス・地球の状況などは、『2205』にも必要な前提知識となると思われます。地球の状況や古代・雪の状況はともかく、ガミラスの状況となると難しいのではないでしょうか。そういった、『2205』には必要だけれど『ヤマトという時代』では本筋ではない問題を、どのようにして網羅するのか、あるいはしないのかは、評価の論点になると考えます。

・『2199前史』『2199』『2202』を一つのテーマで描けているか?

次に、これです。映画が『2202」に付加する価値として、目玉となるのはやはり新作シーン、『2199前史』だと思います。尺としてはかなり短いものであることが予想されますが、だとすると尚更気になるのが「何のために描くのか?」です。

そして『2199前史』だけでなく、脚本家の異なる『2199』と『2202』を、どのようにしてワンテーマでまとめるか? もまた大切な論点です。『2199』のテーマは「異星人とだって理解しあえる」、『2202』のテーマは「人間だけが、ただそこに在るだけの星に意味を与えられる(=どんな人間も、ただそこに在るだけで生きる価値がある)」でした。では、『ヤマトという時代』はどうか。皆川さんは福井さんの言として、「いちばん大切なのは、ロジカルなものではなく、人間の”情”」と語っています*9。『ヤマトという時代』が、『2199前史』『2199』『2202』を用いてこのテーマを十分に描けているのかどうかは、重要な評価ポイントになるでしょう。

・映画のサブテーマとして、「真田の物語」を描くことができているか?

もう一つ、本作が『2202』に付加する価値として注目される「真田の物語」も、論点になると考えます。

福井さんは『2199』における「真田の物語」を高く評価し*10、その枠組みを『ヤマトという時代』に取り入れようとしています。映画のメインテーマは「人類」にあり、真田自体はそれを効果的に描くためのツールでしかありませんが、『2199』ファン、『2202』ファンを問わず『ヤマト』ファンに人気なのが真田です。

福井さんと皆川さんの頭にある「真田の物語」は、多くが特典の小説で描かれるものとは思いますが、映画にもいくらか反映されるでしょう。真田を単なる作劇上の「便利屋」で終わらせないためにも、「人類の物語」に加えて「真田の物語」を映画のサブテーマに位置づけたいところです。この点も評価ポイントになるでしょう。

・一本の映画として完成しているか?

最後に、この点を挙げておきます。

『2205』に必要な情報も網羅した、『2199前史』『2199』『2202』を一つのテーマで描いてまとめた、「真田の物語」も効果的に組み込んだ……としても、この映画そのものが前提知識を必要とするものであってはなりません。

『2199』全26話、『2202』全26話。各23分×52話に、『方舟』プラス『2199前史』。これだけの物語をまとめるのに、映画は長くて120分です。言うまでもなく、描けない部分の方が多いです。その中で、テーマ映画として観客を満足させるだけでなく、『2205』を楽しむために必要な場面をピックアップして抜粋し、時間内に収める。これだけでも、かなり高い壁であることが分かりますね。

ですが、この映画が狙うのは既存のコア・ファンだけでなく、「かつてのヤマトファン」という事実上の新規層です。既存のファンならば、多少『ヤマトという時代』が単体の映画として必要な情報をこぼしたとしても、それまでの『2199』と『2202』の記憶が補ってくれます。でも、いわゆる新規層にはそれがありません。つまり、映画を楽しむために必要な知識は、映画の中で紹介するしかないのです。かといって情報過多になれば説明的になる、というジレンマがここにあります。

『2205』に必要な情報の網羅、テーマ映画としての完成度、「真田の物語」の位置づけ。そしてそれらを根底から支える、単体の映画として楽しめるだけの情報量。映画『ヤマトという時代』は、思っていた以上に困難な課題にチャレンジしていると言えそうですね。

〇「そもそも」の論点も忘れずに

『2202』の総集編を作り、『2205』に繋ぐ。

一番簡単な方法は『方舟』と『2202』を「ガトランティス篇」としてまとめ、シンプルな映画を作ることでしょう。『追憶の航海』を活かしながら、『方舟』~『2202』第26話までを2時間でまとめる。そうすれば編集も簡単ですし、『追憶の航海』⇒『2202総集編』⇒『2205』という最短ルートを提示できます。

『ヤマトという時代』がそうしなかった理由は複合的なものと思いますが、私は、作り手の野心、それこそ『2202』にあったような「一発当ててやろう(ひいては、新スタジオの実績をつくろう)」との野心が大きいのではないかと想像します。『ヤマトという時代』が元シリーズたる『2202』に追加した映画の価値は、『2199』前史=新規カット、ドキュメンタリー形式、『2202』のディテールアップ、真田への着目、『2199』と『2202』をまとめる新たな視点の提示、と多岐にわたります。前回例示した『響け!ユーフォニアム2』の総集編でも、ここまではやっていません。あくまで総集編であることに留意しなければなりませんが、それでも、総集編としては珍しい部類の映画だと考えます。それは作り手にとっては挑戦的な試みで、その困難に見合った成果を期待しているはずです。

それだけに、論点は多岐にわたります。色んな評価軸で評価できます。例えば、今日は映画の狙いに対応する論点を挙げましたが、ちゃぶ台返しをしてもいいのです。「そもそもドキュメンタリー形式は……」「そもそも2202は……」「そもそも福井を起用することが……」「そもそも作品のテーマが……」。「そもそも論」もまた、立派な評価の手法であると考えます。

ですが、結局のところ一番大切なのは、

  • その映画が、自分にとって面白かったかどうか

です。

経験上、考えながら映画を観るようになると、次第に「技法」にばかり目が行くようになります。例えば、どのタイミングでどんな事件を起こしたとか、どのタイミングでテーマを提示したかとか、どのタイミングでクライマックスシーンをスタートさせたかとか。それは悪いことではないと思いますが、行き過ぎると「楽しむ」という本質を忘れてしまいかねません。

「感じてから考える」。私の口癖になりつつありますね。

映画に対する論点を整理した記事の最後だからこそ、この言葉を思い返しておきたいと思います。面白かったか、面白くなかったか。それはなぜか。根本的には、『ヤマトという時代』に対しても、この向き合い方になっていくことでしょう。

*1:『STAR BLAZERS ヤマトマガジン 9号』株式会社ヤマトクルー、2020年11月、9頁。

*2:同上、9頁。

*3:同上、9頁。

*4:同上、10頁。

*5:同上、22頁。

*6:同上、10頁。

*7:同上、22頁。

*8:同上、27頁。

*9:同上、22頁。

*10:同上、10頁。