ymtetcのブログ

偶数日に『宇宙戦艦ヤマト』を考えるブログです。

【リメイク・ヤマト】『ヤマトⅢ』はどこへ行く?【3199】

こんにちは。ymtetcです。

西﨑彰司さんは、リメイクシリーズが完結することを明言しています。そこで、長期的なテーマとして頭に入れておきたいのが、いったいリメイクシリーズはどのタイミングで完結するのか、ということです。もちろん、一作品でも”外せ”ば打ち切りの可能性もあるわけで、その意味で『REBEL3199』が制作発表されたことも大変喜ばしいわけですが、今日はその点は置いておきましょう。

順当に考えれば、『2205』が『新たなる旅立ち』で、『3199』が『ヤマトよ永遠に』である以上、これに『Ⅲ』と『完結編』が続いて完結という流れをとるでしょう。旧作シリーズのリベンジを果たす意味でも、また、作品ごとに知名度も高く、一定数のファンがいることを考えても、やはり全ての作品の要素を拾い上げて、新たなシリーズとして蘇らせていくほうが、充実したシリーズになるはずです。

しかし問題となるのは、『3199』です。特に『3199』の『3』が、ファンにとっては引っかかる部分だと思います。そして、この『3』は『ヤマトⅢ』の『3』であるという指摘があります。

そこで今日は、リメイクシリーズにおいて『Ⅲ』がどんな立ち位置をとるのか、考えてみましょう。

〇『ヤマトよ永遠に』と『ヤマトⅢ』は同時にリメイクできるのか

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『ヤマトよ永遠に REBEL3199』タイトルロゴ

『ヤマトよ永遠に REBEL3199』のロゴは、(2を大きくした『2202』と違い)3、1、9、9全ての数字が同じサイズであるため、この『3』に『Ⅲ』の意味があるかは断定できません。とはいえ、『2205』時点でボラー連邦や土門・京塚・坂東・雷電が出ていることも含めると、『3199』に『3』の要素が含まれると考えるのは自然なことでもあります。

では実際、『ヤマトよ永遠に』リメイクと『Ⅲ』リメイクを同時に行うことは可能なのでしょうか。

後章のラストシーンを観ないことには何とも言えませんが、『ヤマトよ永遠に』と『ヤマトⅢ』を、本質的な意味で両立させることは難しいと私は考えます。

『ヤマトよ永遠に』はオーソドックスな「宇宙人が攻めてきて……」型の作品ですが、『Ⅲ』は若干毛色が異なります。『Ⅲ』で地球が危機に陥るのは、いわば偶然。敵が何らかの意図をもって地球を危機に陥らせたわけではありません。

もちろん、星間戦争という人間の戦いが介在してはいますが、『Ⅲ』全体を支配しているのは「自然との戦い」です。大自然である宇宙の災害に対して、人類が生き延びようとすることに軸足が置かれた作品だと言えます。ゆえに、星間戦争や「探索」といった要素を単純に盛り込んでも、『ヤマトⅢ』にはならないと考えます。

しかし、『2205』はある意味、リメイクシリーズの向かう道を指し示しています。すなわち『2205』は、ガジェットとして旧作『新たなる旅立ち』の要素を拾い上げつつも、『2199』や『2202』のようなストレートなリメイク作品ではありません。『新たなる旅立ち』を蘇らせるというよりは、現代風に、より魅力的に根本から作り直すことが、『2205』のミッションでもあります。であれば『ヤマトⅢ』も、同じように、ガジェットとして引用されながら、現代に作り直されていくものと考えます。

先ほど『Ⅲ』は「自然との戦い」を描いている、と述べましたが、その意味で、『Ⅲ』は(水害と戦う)『完結編』によく似ています。そして、リメイクシリーズを支配している「アケーリアス文明」に決着をつけることは、マストであると考えていいでしょう。であれば、要素としての『Ⅲ』は、『2205』や『3199』に、物語としての『Ⅲ』は『完結編』リメイクに飲み込まれていくのではないでしょうか。

〇リメイクシリーズにおける『ヤマトⅢ』

さて、『2199』には『Ⅲ』に対するリスペクトが深かったという指摘がありました。

「宇宙戦艦ヤマトⅢ」と「宇宙戦艦ヤマト2199」 | ノリパーのブログ

そして『2205』に至って、リメイクシリーズは本格的に『Ⅲ』の要素を作品に盛り込んでいます(特に前章における土門と古代のドラマは、真っ当な『Ⅲ』のリメイクに近いですよね)。これだけリスペクトされているわけですから、「不遇」とまでは言えないでしょう。

しかし、『Ⅲ』が作品単体として、ストレートにリメイクされる未来がくるかと言えば、少し考えにくいのが現実です。そうなれば(劇場版よりもテレビシリーズを観て育ってきた)私としては、ちょっと寂しいものがあります。とはいえ、むしろこれから訪れるであろう、小さな『ヤマトⅢ』たちとの出会いを大切にしたいものですね。