ymtetcのブログ

偶数日に『宇宙戦艦ヤマト』を考えるブログです。

【後章冒頭】帰ってきた『2199』と新たなる『ヤマト2205』

こんにちは。ymtetcです。

今日は『宇宙戦艦ヤマト2205 新たなる旅立ち』後章「STASHA」冒頭14分の感想を書いていきます。


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○帰ってきた『2199』

宇宙戦艦ヤマトが、6年ぶりにイスカンダルへ帰ってきた『2205』冒頭。『2199』ネタも多かった印象です。

まずは何といっても、『星巡る方舟』以来となる「絵本」演出でしょう。お馴染みのBGMに、絵画タッチの示唆的な映像。ガミラスの成り立ちを語る内容は今後の伏線として、何よりもこの演出の復活が私にはとても喜ばしいものでした。

というのも、この「絵本」演出は、『2199』が『宇宙戦艦ヤマト』に持ち込んだもの。それだけに当時は多少物議を醸したわけです。その部分も含めて、とても懐かしい気持ちになりました。また、『ヤマトマガジン』で「観測員9号の心」に改めて敬意を払ったのは、”筋を通す”ためだったのかな、とも思いました。

『2199』ネタとしては、古代とバーガーの再会も嬉しい場面でした。

ただこの場面で面白いのは、二人の温度差だと思います。

古代:遅くなった、バーガー。

バーガー:ここから殴り返すだけよ。ヤマトと一緒にな。

古代:(重々しく頷く)

バーガー:(怪訝そうな顔をする)

いい意味で『方舟』の時とあまり変わらないノリで話しかけたバーガーに対して、古代は『方舟』の時と同じようには乗ってきません。これは、『2199』での帰還後から『2205』までの6年間で、古代進が経験した変化の表れだと思います。良くも悪くも、「大人」になった古代進がよく表現されている場面です。

○音楽劇

音楽で緩急をつけ、シーンを転換させる演出は前章から引き続き洗練されています。

さらに今回気づいたのは、シーンでセリフを発していないキャラクターの表情で、そのキャラクターの心情やシーンの雰囲気を表現するのがうまいことです。

全体を通して、『2202』よりもアップ絵が減少した影響か、セリフを発していないキャラクターが画面に映し出される機会が増えたと思います。そこで、そのキャラクターがどんな表情をしているか。ここにシーンの演出意図を込めようとしている場面が多くなった印象です。

○小ネタ

やはりシリーズのファンとしては、小ネタも嬉しいもの。

「ボルゾン」という単語はむらかわさんのコミカライズで聞いたなと思って調べると、石津小説版がその大元だと知りました。由緒正しき単語なのですね。

また、多くの人がお気づきのように、メルダーズのポーズは「逆『考える人』」。裏を返せば、リメイクではそのネタは使わないぞという宣言かもしれません(笑)。

そして何よりハマっていたのが、北野と波動砲です。原作でも、北野が発射を担当した時、ヤマトはイスカンダルへの影響を懸念して、なかなか波動砲を撃てませんでした。このネタを回収しつつ、あくまでネタだけではなく、新たなドラマに仕立てているところが痛快です。

○作画は慣れも必要か

さて、作画、特にキャラ作画に違和感を抱かれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。『2205』はスタッフが変わった関係か、特にそれが増えている印象を受けます。

私は、人に「作画が崩れた」と見なされるケースは大きく分けて二つあると考えています。絵柄が変わっているか、もしくは本当に絵が崩れているか、です。

前者であれば、繰り返し見ることによって違和感は少なくなります。絵柄が多少変化したことで「この人ってこんな顔だっけ?」と感じているだけですから、顔とキャラクターが一致するようになれば、違和感はなくなります。後者であれば、繰り返し見ても違和感はなかなか減りません。

そのどちらであるかは、特に2回目鑑賞時以降には考えるようにしておきたいですね。

○新たなる『ヤマト2205』

後章冒頭で、『2205』のもう一つのドラマ軸が見えてきたと思います。

「大人」として振舞おうとしている古代と、そんな古代に「大人ではない」ことを期待していた土門の対比です。

前章は二人の出会いの物語でしたが、その観点からいけば、古代と土門の物語は、第二章に突入したと言えます。

古代進の魂の復権」は、やはり後章の一つの軸になりそうですね。イスカンダルを撃つとなればデスラーも絡みます。物語が収斂していく様は、とても楽しいです。